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ある旅人のアルバム
ラフマニノフの《3つのロシアの歌》作品41の第3曲の編曲版も、苦心の作なのでしょ
うか?
確かにそうです。この曲でもしばしば合唱が、同じ旋律に乗せて異なる詞を歌います。し
かし、そのような変化をピアノで表現する“こつ”は在ります。むしろこの歌曲の編曲で重
視すべきは、声楽パートとバラライカを模倣するオーケストラ・パートの民俗的な性格を
維持することでした。この歌曲は実在の民謡に忠実であり、必要最低限のハーモニーし
か加えられていません。それでもラフマニノフはこの作品に、彼独自のものといえる筆致
を少しずつ散りばめています。この歌曲は強い郷愁を漂わせていますが、それはアメリ
カ亡命時代に書かれたことと関係しています。《ピアノ協奏曲第
4
番》とほぼ同時に作曲
された《
3
つのロシアの歌》は、指揮者のレオポルド・ストコフスキーに献呈されました。こ
の《ピアノ協奏曲》は高い評価を得ませんでしたが、一方で《ロシアの歌》は好意的に受
けとめられました。嫉妬をめぐるドラマティックな物語を展開する第
3
曲<赤らめた頬にお
しろいを塗ってよ>は、この上ない美しさを湛えています。
グリーグの《スレッター(ノルウェーの農民舞曲)》の書法についてご説明いただけます
か?
《スレッター》には、出会った瞬間に恋に落ちました。今回はこの曲集の全
17
曲の中か
ら、
3
曲を選んでいます。めったに演奏されない作品ですが、グリーグはそこで、きわめて
独創的で、粗野な音楽言語を用いています。そして田舎のヴァイオリン弾きの演奏を想
起させるために、不協和な音によって、旋律の無骨な性格が保たれています。さらに、
演奏家たちの集団が徐々に接近し、遠ざかっていく様子を暗示する音響効果もみとめら
れます。