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モーツァルト // クレメンティ

貴方がフォルテピアノに惹かれる理由は何でしょうか?

ノスタルジックな魅力をもつ楽器だからでしょう。タイムスリップしたような感覚

をおぼえるのです。しかし、そうした過去との接点以上に私の興味を引くのは、自

分とサウンドの関係性、つまり指の問題です。フォルテピアノの音は弱いので、奏

者と楽器の身体的・精神的な関係は大きく変化します。普段は鍵盤の支配者とし

て、大音量を引き出そうと努めている力強いヴィルトゥオーゾ・ピアニストが、

不安定で一筋縄ではいかない楽器に対峙することになります――モダン・ピアノと

は、奏法が全く異なりますから。フォルテピアノは、力任せのアプローチや完璧さ

を受けつけません。モダン・ピアノが必要とするあらゆる規則正しさに逆らう楽器

です。それは奏者と演奏の関係を一変させ、奏者は謙虚さを身に付けます。私たち

奏者は、全てを取り仕切る“船長”であることをやめ、欠陥や不完全さ、あるいは

軋むハンマーに耳を傾けるのです。私は今回、録音のざらつきを残すことも強く希

望しました。

2つの楽器を対置する利点とは何でしょうか?

対置という観点から選曲したわけではありません。楽器も作曲家も、対置されてい

るのではなく、むしろ共存しています。今回のディスクでは、

2

人の作曲家、

2

台の

楽器が並存し、驚くほどの調和をみせています。私のねらいは、何かを証明するこ

とではなく、

2

つの世界を蝶のように移り気に行き来することでもありません。これ

までの私自身の探求が、このような性質のプロジェクトを自然な形で導いてくれま

した。演奏家としての私の歩みに呼応しているのです。