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ロベルト・シューマン
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ピアノ独奏曲全集 (ライヴ録音)
長旅の終わり
当然、全曲を録音し終えた際の興奮が冷めると、“全てを産んだ”後の憂鬱な気分
に見舞われました。しかしそうした時期がまもなく去ると、私は今回の全曲演奏という
挑戦によって――シューマンに支えられながら――自分を高めることができたのだ
と実感しました。長い年月を要したシューマンとの二人三脚を通して、私はこの作曲
家の音楽を以前よりも深く理解することができるようになっていました。この経験は、
単に楽譜を音にする行為から一歩踏み出すよう、私の背中を押してくれました。ひと
りの作曲家に全身全霊を捧げることは、創造に近い試みだからです。シューマンは
私自身の地平を広げてくれました。
私は郷愁にも似た心の痛みとともに、優しさ、内省、沈思に支えられた親密な音楽
世界に別れを告げました。ところで、現代に生きる私たちにとって、シューマンが扱
った感情は必ずしも身近なものではありません。しかし私たちは、彼が表現しようと
した、人間の心のもっとも奥深い領域と接触し続けるべきでしょう。私たちは、立ち止
まり、深呼吸し、己と再び繋がらなければなりませんが、シューマンの音楽は、まさに
それを促してくれるものなのです。シューマンの音楽では理にかなわない沈思の瞬
間が幾度もおとずれますが、これこそ、彼の作品のうち全てが高く評価されているわ
けではない理由のひとつであると思います。彼の音楽の多くは最後に沈黙に近い
状態に至り、そこからゆるやかで詩的な世界が立ちのぼります。