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ロベルト・シューマン
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ピアノ独奏曲全集 (ライヴ録音)
ベアグ館の“マダム・シューマン”
ここまでお話ししたさまざまなエピソードの集大成とも言えるのが、今回のピアノ独奏
曲全曲録音プロジェクトです。しかし、最終的な決断のきっかけとなったのは、
14
年
間(
2001
年から
2015
年まで)にわたるフランス・ミュジークでのジャン=ピエール・デリ
アンとのコラボレーションでした。彼のラジオ番組“音楽家のアトリエ”や、その後の“
音楽家たちの朝”で、私たちはシューマンのほぼすべての作品を取り上げ、演奏
し、詳述したのです。ジャン=ピエールは事あるごとに、リスナーに向けて私を“マダ
ム・シューマン” と紹介してくれました!
こうして私は“清水の舞台から飛び降り”ました――数年をかけて複数の演奏会を行
い、これをライヴ録音しようと考えましたが、結果として全曲の録音に4年半(
2012
年
3
月から
2016
年
10
月まで)かかりました。長きにわたる“内省”にふさわしい会場を見
つけるのは一苦労でした。パリのべアグ館に置かれている在仏ルーマニア大使館
が、このプロジェクトに興味を示してくれました。これほど美しい環境を見つけられた
ことは願ってもない幸運でした。
19
世紀に建てられたベアグ館は、もともとベアグ伯
爵が所有していた館です。彼は言ってみれば、社交的な、ポリニャック公のような存
在でした。館では壮麗な庭園や、ガーゴイル、大理石の像などを目にすることがで
きます。屋内の雰囲気も神秘的で、インスピレーションを授けられます。この館がも
つ独特の趣をもっとも象徴しているのは、じつに魅惑的なビザンチン様式の劇場だ
と思います。実はこの劇場では、かつてフォーレの《レクイエム》が初演に先立って
試演されています。数十年間、劇場は閉鎖され、舞台も使えない状態にありました。
修復工事を経てこの劇場が
2011
年、つまり私が今回の全曲録音を始める直前に再
開されたことは、幸せなめぐりあわせでした。さらに、ドルチェ・ヴォルタ・レーベルの
支援を得、録音技師のフランソワ・エケルトに出会えたことも幸運でした。エケルト
は、この奇抜ともいえる大きな冒険に挑む私に、躊躇せず寄り添ってくれました。