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夏の創作

29歳を迎えたブラームスは、ピアニストとして輝かしいキャリア

を積み、すでにあまたの室内楽作品を世に送り出していた。とり

わけアンサンブルの分野(ピアノ三重奏曲、ピアノ四重奏曲、ピア

ノ五重奏曲、弦楽六重奏曲)において、旺盛な作曲活動を展開し

ていたのである。しかしブラームスは、ようやくこの歳になって、

シューマンと同じように敬愛していたベートーヴェンに“対抗”す

る勇気を振り絞り、チェロとピアノのためのソナタ第1番(1865

)を完成させた。作品は、ほの暗いホ短調で書かれながらも、牧

歌的な気分を湛えている。ブラームスがこの曲に着手したのは

1862年の夏であった。彼は第1・第2楽章を書き上げたのち、ア

ダージョ楽章を作曲したが、これを自ら破棄し、代わりに終楽章

を加えた。結果としてソナタは、緩徐楽章を欠いた3楽章構成に

仕上がっている。ソナタの開始を告げる第1楽章は“速すぎない

アレグロ”との速度指示を伴っている。確かに冒頭では、ゆったり

とした第1主題と、その独特の曲調や雰囲気、暗く夢想的な色彩

が、重心を揺らすような内省的なテンポの中で紡がれていく。