

メナへム・プレスラー
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なぜでしょうか?
モーツァルトは比類のない美の極地に至りました。彼はさらに、ベートーヴェンというもっと
も偉大な崇拝者を得ることになります。モーツァルトの作品は、まるで天から降ってきた音楽
を書き取ったかのようです。それは神の業にたとえられます。自筆譜を見ると、余計な書き
込みはほとんどありません。ベートーヴェンも最晩年まで、モーツァルトの音楽を引用し続
けました。個人的な話になりますが、私がこれまでのベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
との共演でとりわけ満足のいく演奏ができたのは、決まってモーツァルトの協奏曲を弾いた
ときでした。例えば、 セミヨン・ビシュコフとの第
17
番、サイモン・ラトルとの第
23
番……。
モーツァルトのピアノ協奏曲はピアノ・ソナタよりも人気が高いですが……
理由は明白です。モーツァルトはピアノ協奏曲に、その芸術と才能のすべてを注いだから
です。しかし私は、完全さという点で彼のピアノ・ソナタがピアノ協奏曲におとるとは思いま
せん。いずれも、非の打ちどころのない音楽です。これに比べれば、トリオなどの作品はど
ちらかと言えば形式的で、協奏曲やソナタほどの全力は尽くされていません。私にとってモ
ーツァルトのピアノ・ソナタは、天賦の才の産物に他なりません。ロマン派を先取りする劇的
なソナタは、あらゆる感情を表出させます。そこで見出されるのは、遊び心やドラマ、軽
快さ、ヴィルトゥオジティです。すべての感情が、どこまでも繊細な抑揚をともなって展開
されます。