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メナへム・プレスラー

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「変ロ長調のソナタに惹かれるのは、極めてシンプルな様相を呈しながら、実

はその簡潔性が表面的でしかないという点です。限りなく豊富な創意、そして

目を見張る数々の音楽的アイデアに溢れたこのソナタを演奏することは、私に

とって真の喜びです。」

確かに、ソナタ変ロ長調の譜のうわべだけに目を通すと、技術的に易しい作品であるとの

判断を下してしまう。両手は単純にオクターブで同じ旋律を奏で、あるいは互いに伴奏し

合うし、純化された旋律線は、最後のピアノ協奏曲(変ロ長調 第

27

番)を予期させる書法の

中で描かれている。おそらく、そうしたうわべの単純さゆえに、モーツァルトの死から

5

年後、

アリタリア出版社はこのソナタの「ヴァイオリン伴奏付のピアノのための」版――当時の表現

による――を出版した。ヴァイオリンの旋律は、原曲の和声あるいは対旋律から導かれて

おり、このヴァイオリン・パートが、変更を加えられていないピアノ譜上に印字された。当時

はピアノ・パートのみの原曲では不十分とみなされたのだろうか

?

このソナタの簡潔性はしか

し、モーツァルトが父に宛てた言葉を思い起こさせる。「お父様は私が難しいことをあまり好

まないのをご存じでしょう・・・。実のところ、ゆっくりと弾くよりも速く弾くほうが、いっそう容易

です。」

ソナタ変ホ長調の第

2

楽章の書法にみられる水平性と垂直性の融合は、同じく変ホ長調で

書かれたピアノ協奏曲 第

24

番(ハ短調/

1786

年)の第

2

楽章の奥深さを連想させる。ピアノ

はまるでオーケストラの様な――とりわけ、どこまでも温かいホルンの様な――音色を帯び

ている。ソナタ第

2

楽章の充実した音は、続く終楽章の軽快さによってはぐらかされている

様に思える。ピアノ協奏曲 第

27

番の終楽章と同様、この気まぐれな終楽章は、オペラ・ブ

ッファや舞曲の様式を引き寄せる。強い感情表現をともなう楽章の後にしばしば優位に立

つ、あの「存在の絶えられない軽さ」を伴いながら。 この 終楽章の軽快な調子から、当時、

経済的な窮地にあったモーツァルトが、新作の受注を求めてウィーンを発った姿を想像す

ることは難しい。