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音楽史の中で大きく忘れられた作曲家といえるであろうシャルル=ヴァランタン・アルカン
は、生前はリストから称賛され、ハンス・フォン・ビューローからは「ピアノのベルリオーズ」と
呼ばれたほどだった。強烈な個性と孤独な魂を代弁する作曲家ではあったが、フランスの
ロマン主義音楽のなかでも、その素顔が最も知られていない人物でもある。
ヴィルテュオーソ・ピアニストだった彼は早熟だがもろく、作曲家としては要求が高く創意に
富み、情熱的で千変万化の作品を生み出した苦悩の創造者だったが、その人生と作品は
謎に包まれている。電撃的なデビューを飾ったあと、社会から離れ、自らの内面世界に逃
避場を見いだす。それが逆に私たちを魅了する。
ブゾーニは、神童だったアルカンが、エラールのピアノでバッハやベートーヴェンを演奏す
るのを聴いて、「その表現に富んだ、澄んだ透明な演奏に、その場に釘付けになった」と語
っている。
1888
年に彼が没した時、メネストレル誌は「シャルル=ヴァランタン・アルカンが亡
くなった。彼は、死んではじめてその存在が人々に知るところとなったのだ」と記している。
音楽家たちからあがめられる反面、一般には知られなかった人間嫌いのアルカンは、
当時の喧噪からずっと遠いところで、巨大な作品(『四つの年代ソナタ』など)と、細密画の
ような小作品が並立する膨大な作品群を残した。
1813
年、ワグナーやヴェルディという巨人たちと同じ年に生まれたアルカンの世界に興味
を示し続けているのは、好奇心に富んだ型にはまらないアーティストのみだ。フランスでは
1970
年代終わりに、ベルナール・ランゲセンがその作品集を録音している。また、アメリカ
のピアニスト、レイモンド・レウェンタールは、セントラル・パークで襲撃され手を七カ所も骨
折したあと、技術を取り戻すためにアルカンを好んで弾いた。その「ファン」は多くはない。
パスカル・アモワイエルは、アルカンをリスト、ショパン、スクリャービンと同等に扱い、何年
も前からその音楽を擁護し続けている。エマニュエル・ベルトランとともにすでにアルカンの
チェロソナタを録音しているアモワイエルだが、生誕200年の節となる本年、詩的かつ悩殺
的な作品を残したヴィルテュオーソの、音楽アイデンティティーと言うべき作品集をここに提
供している。
パスカル・アモワイエル