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メンデルスゾーン
しかしながら、ここに、もうひとつの神話がある。今では幸運にも崩れ去ってい
る神話だ。つまり、ロマン派の音楽家は、個人的な悲劇なしには存在しえないとい
う神話である。貧しく病弱で、狂気に憑かれたとき、その音楽家は創造者となる
のである……。メンデルスゾーンはルター派に改宗したユダヤの豊かな銀行家の
家庭に生まれた。ピアノ、ヴィオラ、オルガンを演奏し、絵画の才にも恵まれた
彼は、スポーツもよくこなした。旅先をタイトルに取ったいくつかの交響楽作品か
らは、これらの旅がよいものだったことがわかる。彼はその
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年の短い生涯の間
に、質・量ともにすぐれた多くの作品を書き、その上で、このような活動を精力的
に行ったのである。
新鮮な創意にあふれたその書法は、彼が至極巧緻な形式を早くからマスター
していたことを物語っており、そこにはある厳格さや個性が現れている。メンデル
スゾーンの音楽全体には、ベートーヴェンの影響や、過去の巨匠たちへの飽くこ
とのない興味が感じられる。室内楽には、ドイツ以外からの影響も強い。生まれた
ばかりの国家主義が徐々に激化しつつあったドイツにおいて、彼の音
楽の中にあるイギリスやイタリアの色彩は際立っている。彼は、特定の旗の下に
属すことなく、過去の文化遺産を大切にするヨーロッパ精神を持ち合わせていた。
『交響曲第五番』の副題「宗教改革」を考えてみれば、そこに、ユダヤ起源をもち、
プロテスタントのドイツ社会に見合うように改宗し、文化的に同化をはかるという
考えを最後まで貫いた彼が捧げたオマージュの深さを見て取れるのだ。