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58 トランスクリプション&パラフレーズ 「音楽の全世界の中で生きる(To live in the whole world of music)」——フロリ アン・ノアックは、人が踏み固めた道々の外へと自然に我が身を投じながら、ヘンリー・カ ウエルが掲げたこのスローガンを、ごく若い頃に無意識に自分のものとした。 冒険家、探検家、開拓者であるノアックは、音楽のすべてを一望に収めなくてはならない。彼 の音楽との向き合い方は特異だ——ピアノ音楽の偉大なるレパートリーの中に留まること なく、その境界を超えるとき、彼は情熱と驚嘆にひたすら駆り立てられている。彼の世界は、 そのすべてがピアノの内部に在るとはいえ、つねに拡張しているように見える。そのときピア ノは、もはやピアノ自体ではなくなり、完全に他の楽器と化すわけでもなく、先例のない響き のテクスチュアを手に入れる。ノアックは、自らが恋に落ちたあらゆる音楽の感情を何十回 も何百回も持続させるために、それを自らの指で鳴らしたいと望む。原曲をそのまま奏でる 場合でも、華麗な管弦楽曲や、ジャズバンドのブギウギや、16世紀のシャンソンの編曲を奏 でる場合でも、彼のピアノは喜んでそれを受け入れる。弱冠16歳でチャイコフスキーの《ロメ オとジュリエット》を編曲した彼には、ある種の胆力が必要だった! 以来、編曲にのめり込 んだ大胆不敵なノアックは、つねに瑞々しい眼差しを音楽に注ぎながら、バッハやリムスキ ー=コルサコフらの音楽を自分のものとしていった。 ノアックは、あたかも音楽の“バベルの塔”を築き上げるかのように、自身の道をつけてきた。 彼の『ある旅人のアルバム』や本盤『トランスクリプション&パラフレーズ』でも、多様な音楽 言語が仲睦まじく肩を並べている。「各曲がどれほどかけ離れていようとも、それらを隣同士 に置いてみると、円満に共存し、一体をなすようになります。互いに内容は違えど、片方がも う片方の真価を明らかにするようなかたちで……」

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