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45 フロリアン・ノアック ノアックは、その方程式を解かない。その代わりに交渉する。しか し、ファウストが悪魔メフィストフェレスに試みた交渉と同じように、 それは徒労に帰す。過ぎゆく時と交渉するなど無理な話なのだ。 そこにこそ、演奏家の奇跡とドラマがある。彼が演奏し、誰かがそれを聞く。彼が演奏を終えれ ば、彼の音楽はやむ。だがそれは、精神に、そして時おり心の奥に、幾らか足跡を残す。はかなく 脆い音楽の瞬間は、演奏家を、束の間の産物が紡ぐ糸の上を滑りゆく綱渡り師に変貌させる。 画家にはキャンバスがあり、作家には紙がある。演奏家は、流れゆく時の上に身を置く。ゆえに 彼らは録音するのだ。ノアックもまた、アルバムの制作にいそしむ。彼は音楽をディスクに固定 することによって、童話の親指小僧のように道しるべを撒いていく——来た道を戻れなくなる ことを憂慮しているというよりは、他者がその道を見つけてくれることを期待して。 ノアックは、自身のスケジュール帳を開いて3週間の自由時間を見つけると、ピアノではなく机 に向かい、鉛筆を握って新たな編曲に取り組む。内容を一人の作曲家に絞らない一枚のアル バムが世に出るためには、この“3週間”が幾度も繰り返されなくてはならない。そうして生まれ た本盤には、極めて多彩なジャンルにおよぶ編曲作品がふんだんに収められている。

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