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39 フロリアン・ノアック 数年にわたり、ロシア音楽に対象を絞って編曲活動を続けていた 私は、あるとき新たな地平を拓きたい欲求にかられた。新しい挑 戦や、ピアノへの新しいアプローチを余儀なくされるようなレパー トリーに、立ち向かいたくなったのである。それはちょうど、私がク ラウディオ・マルティネス・メーナー先生と出会い、彼に師事しは じめた時期と重なった。先生のもとでは数々のことを学んだが、と りわけバロック音楽と出会い・強く心惹かれる機会を授けていた だいた。 そのようなわけで私は、ヨハン・セバスティアン・バッハの《4台のチェンバロのための協奏曲イ 短調 BWV1065》の編曲に挑んだ。この作品自体が、アントニオ・ヴィヴァルディの《4つのヴァ イオリンのための協奏曲 RV 580》の編曲であるから、私が手がけたのは“編曲の編曲”という ことになる。それは、4台のチェンバロを1台のピアノに置き換えるという、賭けも同然の企てだ った。BWV1065においてバッハは、ヴィヴァルディがヴァイオリンに与えたソリストとしての役 割を、物の見事にチェンバロに託している。私が思うに、バッハが差し出した手本は、一つの楽 曲が幾つものアイデンティティのもとに存在しうることを示している。

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