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47 フランソワ=フレデリック·ギィ ショパンは新たな音楽言語を創出し、夜想曲やバラードといった新しい形式 の中で音楽的な感情を表現するすべを確立しました。彼はしばしば短い形式 を好んで用い、間接的な手法で民俗音楽を取り入れました。彼の音楽はただ ただ純粋です。モーツァルトの音楽と並んで最も純粋な音楽であり、極小な異 物さえも曲を損なうがゆえに、私たち演奏者を怖気づかせます。 彼の音楽世界では、完璧さが追求されているのでしょうか? ショパンの音楽がはらむパラドックスの一つは、それがこの上なく精密に書かれている一 方で、人間の感情を白日の下に晒(さら)した時代に属しているという点です。古典派時代 の主語であった“私たち”や“貴方がた”に代わって、ロマン派の作曲家たちは“私”を主語に して創作しました。それはベートーヴェンの“私”とは大きく異なります。ベートーヴェンは、 現状を打開するプロメテウス的な神のごとく、古典主義をロマン主義へと導きました。それ とは対照的に、ショパンは“古典主義的なロマン主義者”の様相を呈しています。ただし彼 の厳格な書法が、幻想性や想像性の発現を妨げることはありません。明晰な対位法、信じ られないほど的確なペダルの指示、ピアノの自然な息遣い……その全てが、カンタービレ な(歌うような)音世界を生み出しています。それは音楽史上、前例のない画期的なアプロ ーチでした。

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