LDV88-9

42 バッハ | 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ 3度目の全曲録音を決心したきっかけは? 新型コロナウイルスの感染拡大中に自主隔離をつづけるなかで、自分自身と対峙しました。 家族や子どもたちと一緒に過ごしてはいましたが、アーティストたちが憂慮すべき状況に置 かれたあの時期に、原点に立ち返り、心を落ち着かせる必要性を感じました。それゆえに私 は、自分の“聖務日課書”、ヴァイオリンの“手引き書”である《ソナタとパルティータ》を再び手 に取ったのです。確かに、この曲集が求めるのは古楽のテクニックです。さほど高いポジショ ンはなく、一貫したヴィブラートも、グリッサンドもありません。しかし《ソナタとパルティー タ》は――数学者の言葉を借りるなら――音楽の横座標にして縦座標であり、あの特異な 危機のさなかに、私の心のよりどころとなりました。 今回の新録音の特徴を、技術的な観点からお話しいただけますか? 純粋なガット弦を用いました。より脆(もろ)く、より不安定ですが、発音・共鳴・音の木目(き め)の点で有利だからです。使用したバロック弓は、《ソナタとパルティータ》が作曲された時 代のものと同じです。より軽いので、独特なアーティキュレーションや重音奏法が可能にな りますし、面白味のある軽快さや歌い方や多様さを引き出すことができます。とはいえ私は、 やや“道の半ば”にいます。というのも、私の使用楽器は1710年製のストラディヴァリウスな のですが、バスバー(力木、後述)がバロック・ヴァイオリンと同じようには取り付けられてい ないため、当時のピッチで演奏することができません。そのためA=440Hzで演奏していま す。つまり私は、表現性と“歴史的真実”を手に入れつつ、現代の効率の良さを手放していま す。私はソロで演奏するときにも、私のアンサンブル“レ・ディソナンス”とともに演奏するさい にも、これら二つの立場の最良な部分を統合させようと努めています。それはつねに容易な わけではありません。イヴリー・ギトリス、ヤッシャ・ハイフェッツ、さらにナタン・ミルシテイン は、素晴らしいポスト・ロマン主義的なバッハ演奏で知られています。それは、いま私が歩ん でいる道とはまったく重なりません。しかし私は、自分のルーツであるこの伝統と再び接点 をもとうと努めながら、“HIP(歴史的な情報にもとづく演奏)”の最新の成果の恩恵も受けて いきたいと思っています。

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