LDV88-9
40 バッハ | 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ “Sei Solo(君は独り)”が自伝的な側面をもつ可能性もありますね。バッハは《ソナタとパ ルティータ》を、最初の妻マリア・バルバラの死後まもなく作曲していますから……。この 音楽を、彼の私的な祈りとみなすこともできるのでしょうか? 可能性はあると思います。とりわけマリア・バルバラの死の直後に書かれた〈シャコンヌ〉に、 それを指摘できるのではないでしょうか。〈シャコンヌ〉は、聖(ソナタ)と俗(パルティータ)が 出会うこの曲集の“要石”であり、死そして神とともに舞う音楽です。この曲でバッハは、神を 地上へといざない、彼自身も神の次元まで昇っていきます。それは普遍的かつ私的な音楽な のです。バッハは、重心によって、そして惑星に囲まれた太陽のような主調・主音によって、宇 宙を体系づけています。バッハは、アインシュタインより遥か昔に彼の理論を理解していたの です! バッハは、言わば数学者・建築家であり、何よりも家族の生と死に接した一人の人 間でした。彼の子どもたちの多くは、若くして亡くなっています。バッハは苦悩を受け入れ、そ れを愛のメッセージに変えて同時代や後世の人びとに伝えています。バッハの音楽は、複雑 で魅惑的ですが、それ以上に深く人間的であり、それこそが彼を、歴史上もっとも卓越した 人物の一人にしました。ある意味では“大海”のような存在であるバッハ[独語で“小川”の意] の心は、あらゆる博愛の精神を包含しています。結局のところ、バッハの音楽を奏でるとき、 私たちは独りではなく彼とともにあり、世界と化すのです。
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