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フィリップ·カサール / アンヌ·ガスティネル / ダヴィド・グリマル 31 彼の音楽世界にこれほど深く入り込むことによって、貴方がたの“ベートーヴェ ン観”も変化したのでしょうか? PC : 今回のレコーディングを通して、ベートーヴェンの音楽がもつ——以前には思いもよら なかった——幾つかの側面に新たに接することができました。もちろん、彼の作品を支えて いる堅固な構造が、これまで再三指摘されてきたことは偶然ではありません。私には、その 揺るぎない事実を二の次にするつもりはありません。しかしベートーヴェンの音楽は、それ だけに留まるものではないのです。 私たちはベートーヴェンのピアノ三重奏曲と向き合うなかで、その抒情性に——とりわけ“ド ルチェ(柔和に)”や“カンタービレ(歌うように)”といった発想記号の数の多さに——幾度も 驚かされました。たとえば、時に私は“大公”の〈アンダンテ〉楽章を演奏中に、音楽と程よ い距離を置くことがなかなかできません。距離感を保つことは絶対に必要です。さもなけれ ば私たちの心は、この音楽が放つ親密で物柔らかい雰囲気の中に完全に“溶けて”しまい ます!〈アンダンテ〉は長調で書かれてはいますが、そこで私たちが耳にするのは、作曲者 の最も内奥の、最も孤独な声です。そしてベートーヴェンが彼自身の心の深奥に達すると き、その音楽は悲痛に響きます! AG : ベートーヴェンの音楽は、いわばその“垂直的”な書法によって概括されてしまいが ちであると常日頃から感じています。しかし私は、ピアノ三重奏曲を弾き進めていくにつれ て、この“垂直性”が重要性をもつのは、それが他の全ての要素の土台として役立っている 場合に限られるのだと気づきました。この“垂直性”をもとに、色彩や雰囲気を現出させ、特 定の旋律を強調することが重要なのです……。ベートーヴェンのピアノ三重奏曲の緩徐楽 章において、とりわけ幾つかのパッセージは夢幻的です。彼の音楽がもつこの側面を——そ れがしばしば見過ごされている側面ではあっても——、思い切って“擁護”しなければなりま せん!
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