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42 プロコフィエフ_ 束の間の幻影 同趣の《4つの練習曲 op.2》は、プロコフィエフのこの上なく機械運動的な美学に支えられ ている。“プロコフィエフのトッカータ様式は、皮肉と冷静な怒りを連想させます。”思慮深い 激高以上に、ひとの心を圧倒するものはない。4作の練習曲は、ある種の恐怖の観念を翻 訳した音楽だ。ミャスコフスキーは、op.2が“近頃の過度な感傷、無気力、弱々しさと鮮烈な 対比をなしている”と述べた。一方ギイ·サクルは、この曲集に“ピアノのハンマーの覚醒”と いう言葉を充てている。いずれにせよプロコフィエフは、自分を伝統につなぎとめるあらゆる ものから脱しようと、多大な努力を払った。にもかかわらずop.2は、結果的にさほど伝統から 飛躍していない。彼は、すでに自身の作風を確立していた要素——明晰なリズムや、絶えず 顔をのぞかせる旋律へのこだわり——に、本能的に執着しているのだ。“ヒョウは自分の斑点 を取り除くことができない(三つ子の魂百まで)”という英語の諺は、ロシア音楽の所産をも 言い当てている。
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