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38 プロコフィエフ_ 束の間の幻影 それでも、ケルンでヴァシリー·ロバノフに弟子入りしたノアックは、身なりの整った穏やかな 若者とみなされることになる。なぜなら、ソ連末期のそうそうたる大演奏家たちと親しかった ロバノフに強い印象を与えるには、いっそうの血気が必要だったからだ。ノアックはクラスで 最年少であったし、若い同門たちの前で狂ったように感情をあらわにすることもなかった。 そしてもともと彼は、ルバートを一切せずにショパンを弾くような、節度ある金髪の少年だっ た。だからこそ彼は、自分とは異質なものに心惹かれたのだろう——豊饒な響きを特色とす る、スケールの大きな雄々しい作品に。例えば、のちの彼に幸運をもたらすことになるセル ゲイ·リャプノフの音楽に……。 プロコフィエフの音楽に再び向き合うようノアックの背中を押したのは、妻のナーレだった。 彼女から、《ヴァイオリン協奏曲第1番》の楽譜を目の前に突きつけられたのだ。それは、ノ アックがプロコフィエフの本領であると信じていた冷徹で精密な書法とは異次元の、どこま でも夢幻的な音楽だった。 “このとき私は初めて、作曲家プロコフィエフの別の側面に触 れました。その優しさやノスタルジーは、師のリャードフとリム スキー=コルサコフから受け継がれたものでしょう。” その後ノアックは、《束の間の幻影》に徹底して対峙することになる。頭のてっぺんから爪先 まで、彼の身体のすみずみにまで染み込んだ《束の間の幻影》は、やがて今回の録音プロ ジェクトの端緒ともなった。
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