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フィリップ·カサール 29 このシューベルトの紀行文は、シュルツェの詩にもとづくエネルギッシュなリート《ブルックに て》D853——ブルックの丘の上からはゲッティンゲンを見下ろすことが出来る——と共鳴して いる: “私は野を越え山を越え/この世界のさまざまな楽しみや/優美な眺めを堪能すること ができるだろう” 村々の音楽、夏季牧場の牛たちの鈴の音、ヨーデルの忠実な再現(第1楽章〈アレグロ〉の 第2主題!)、農民の舞踊、羊飼いの歌、カリヨン、マンドリン、ハーモニカ、角笛の響き、太 鼓のトレモロ、勢いよく鳴らされる教会の鐘……“旅の音風景”をテープのように再生する ソナタD850は、シューベルトの作品としては極めて稀な、嬉々とした知覚体験を私たちに もたらしてくれる。彼は第1楽章を、喜びと自由な精神が息を切らすまで、熱烈に“歩き回ら せて”いる。第2楽章〈コン・モート〉で紡がれる、どこまでも内に秘めた静穏な歌は、シュー ベルトが目にした厳めしい山々の光景と結び合わされる——ハ長調(ジュピターの調性)・フ ォルテシシモで強烈に反復される和音の連なりは、壮大なウンタースベルクをありありと描 写しているのだ!やがて終楽章〈ロンド〉が、ウィーンへの帰途を描き出す。聞こえてくるの は、揺れる小型4輪馬車、楽しい思い出、村々で拾い集められた旋律の断片を奏でる鼻歌 や口笛だ。そして我らが“さすらい人”は、最後のピアニシモで荷を置く——《白鳥の歌》の 〈別れ〉と、全く同じように:“君はまだ僕の悲しい顔を見たことがない/別れる時も同じだ”
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