31 ジョフロワ・クトー / ニコラ・バルデイルー / ジョフロワ•クトー / アントワーヌ•ドレフュス のちに友人の作曲家・指揮者アルベルト・ディートリヒにブラームスが語ったところによると、 彼はシュヴァルツヴァルトの、とある美しい空間から霊感を得たようだ。「ある朝、私は散歩を していた。その場に着くやいなや、太陽が輝きはじめた。このとき三重奏曲の冒頭の主題が頭 に浮かんだ」と、ブラームスは言う。それは1864年夏、彼がバーデン=バーデンに滞在してい た折の出来事だった。同地で彼は、友人たちやクララ・シューマンと落ち合っている。ブラーム スの創造力を掻き立てたバーデン=バーデンでは、同時期に《ピアノ五重奏曲 作品34》と《 弦楽六重奏曲 作品36》も生まれた。 ブラームスは1865年前半、すなわち母の他界後すぐに、《ホルン三重奏曲》をウィーンで完 成させた。この悲しい出来事の影響は、緩徐楽章が聞かせる痛切で感情的な曲調と、祈りに も似た暗い威厳の中にみとめられる。彼が幼少期に演奏の手ほどきを受けた三つの楽器の 組み合わせも、母の思い出と関係しているのかもしれない。彼は、ホルン、ピアノ、ヴァイオリン の響きを、特定の楽器を優位に立たせることなく密に織り合わせ、それによって——異例な 楽器編成であるにもかかわらず——、19世紀音楽に特有の親密な感覚を確たるものにして いる。
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