LDV64.5

38 ブラームス_三重奏曲OP.8, 87, 101 & 114 《クラリネット三重奏曲イ短調op.114》(1891)は、晩年のブラームスがクラリネットに寄せた 深い愛情を物語っている。じっさい彼は、この楽器のために2曲のソナタと崇高な五重奏 曲も書き上げている。後者はop.114の直後に書かれた作品で、ブラームスの最後の傑作 と言っても過言ではないだろう。op.114は、ブラームスの“黄昏”に対する生来の嗜好を体 現しており、より高次元の“諦念”を表現してもいる。なぜならクラリネットは、他のどんな楽 器よりも、消えゆく光——夕刻にあらゆる物々がまとう“金色”の輝き——を巧みに表現できる 楽器であるからだ。概してブラームスの音楽は、燃えるような輝きと、心の奥底にある真情 の吐露のあいだを行き来している。しかし、彼の最晩年の創作において優位に立っている のは、後者、つまり秘められた感情の表現である。最晩年の作品では、かつてないほどに 情熱が抑えられ、せき止められている。あたかも情熱が、衰えることを知らない哀愁に捉え られているかのように……。まさにそのような曲調に支配されているのが、1892年から翌年 にかけて書き進められたピアノ曲集(op.116、op.117、op.118、op.119)、そして《クラリネット 三重奏曲》なのである。 ワーグナーを気遣ったニーチェは、ブラームスが好きではない“ふり”をしていた。それで も、ニーチェの最も鋭い洞察の一つは、ブラームスの最晩年の作風の一端を見事に言い 当てているように思える。というのも、ニーチェにとって“第一級の音楽家とは、最も深い幸 福にひそむ悲しみだけを知る者”(『悦ばしき知識』)であった。“幸福”は、あらゆる憧れの 彼方にある、究極の達観から生じることもある。ニーチェは、高次元の諦念(すなわち彼が 提唱した“運命愛”)がもたらす“玉虫色の至福”を、(精神錯乱に陥る直前の)1888年に書 いた詩「ヴェニス」の中で次のように描写している。 あの橋の上に私は立った 近ごろ 褐色の夜に。 彼方から 歌声が聞こえてきた: それは黄金色の滴となって 震える水面に注がれた。

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