43 フロリアン・ノアック 当時のベルリンは、どこもかしこも、みだらだった。街のキャバレー(カバレット)は、他のどん な街のそれよりも奇抜だった。ユダヤ人作曲家たちがドイツの音楽遺産の権威を揺るがす のを遠方から耳にしたミュンヘンは、ぶつぶつと不満を漏らしはじめる——ベルリンにはヴ ァイルの他にも、危険な勇士たちがいた。同性愛を称える讃歌を初めて手がけたスポリアン スキー、そして有害なジャズと戯れたシュルホフ。ヴァイルとスポリアンスキーは程なくしてド イツから逃れるが、やがてシュルホフは強制収容所で命を落とすことになる。 ベルリンの“お祭り騒ぎ”は桁外れで、性とアルコールにまみれており、一度体験したら釘付け になる楽園のオンパレードだった。ドイツには、先の大戦を忘れてしまいたい人びとがいたの だ。最高潮に達する“祭り”を尻目に、もっとも用心深い人びとは、次の戦争にむけて武器を 磨くファシストたちを警戒して既に国外へ脱出していた。数年後これらの音楽は、ハーケンク ロイツ(かぎ十字)を掲げる者たちから“退廃芸術”として残らず弾圧されることになる。 キャバレー「屋根の上の牡牛」に話を戻そう。ひどく混み合っている。かなりの大人数が酒 を飲み、煙草を吸っている。太鼓を叩くジャン・コクトーと、いたずらっぽい眼差しをみなに 向けるフランシス・プーランクの姿が見える。イーゴリ・ストラヴィンスキーも、彼らからそう 遠くない場所でメモをとっている。喧騒。もはや何を聞いているのかわからない。それもその はず、だってジャズなのだから。 このざわめきの中から、言葉が次々と飛び交う。名前が、言葉が。「ストライドさ」——ピアニ ストの左手をリスキーなバス音へと突撃させる奏法……「ファッツ・ウォーラーだ」——フ ァッツ〔Fats〕って名前なのか? ああそうさ、太っちょだからな。だけど彼のジャズは悪魔 みたいに君の体を揺れ動かす……「ジェームス・P・ジョンソンは、もっと地に足がついてい る」——誰だい?——ジョンソンがラグタイムを画期的に進化させたのさ。バス音と和音の 交替、そしてシンコペーションが、ワルツを踊る奴らの神経を逆撫でさせる……
RkJQdWJsaXNoZXIy OTAwOTQx