42 ジャズ・エイジの物語 ラスパイユ大通りの石畳は、パリの街を朝から撫でつづける雨に濡れ、きらめいている。45 番地のアール・デコ様式のホテルは、左岸の名所の一つ。ここではジョイスがラウンジで物 を書き、ピカソが贅沢な食事の勘定を払う代わりにテーブルクロスに絵を描いている—— 彼がサインすることは決してなかったという。サインなんかしたら、食事どころか、ホテルを丸 ごと買えてしまう。 パリの石畳は、この街を朝から撫でつづける雨に濡れ、きらめいている。夜の訪れとともに、 パリジャンたちは大挙してアルマ橋を渡り、モンテーニュ通りを北へ進み、乳白色の大理石 で覆われたシャンゼリゼ劇場に無意識に顔を向ける——当時、このようなアール・デコ様式 の建築が至るところに建てられた。その好例が、右岸をさらに北へ進んだ場所にある「屋根 の上の牡牛」だ。ここでは芸術の未来が奏でられているのだと、人びとは口にした。たいそう な言葉だ! このキャバレーに足を踏み入れると、アメリカから“輸入”されたばかりのガーシ ュウィンの音楽を奏でるジャン・ヴィエネルのピアノが、すぐさま聞こえてくる。もう一人のピ アニストが彼の肩を軽く叩いてから交代し、コール・ポーターの音楽を弾きはじめる。このピ アニスト——クレマン・ドゥーセ——は、つづいて昔の音楽を茶化して楽しいひとときを過ご す。ワーグナーの音楽にスウィングを添えながら……。ワーグナーに? スウィングを? 不 可能が可能になるのがミュージックホールの醍醐味。再びヴィエネルがピアノ椅子に座って 数音を鳴らすと、今度はドゥーセが、クルト・ヴァイルのアリアを歌いだす。ベルリンのキャバ レーから飛び出してきたばかりの、みだらな歌。ぴったりな選曲。
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