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54 ガブリエル・フォーレ | 夜想曲全集 とはいえ、貴方がソロ・デビュー盤に収めたのはベートーヴェンの作品でした。なぜフォー レを選ばなかったのですか? 私は、ベートーヴェンの音楽とも密な関係を築いてきました。彼の、より入念に構築された 楽曲、明晰でダイレクトな音楽言語のほうが、デビュー盤にはふさわしいと思えました。それ とは全く対照的に、フォーレの音楽言語においては、決して何も“解決”されません。彼のパ ラドックス(逆説)に満ちた音楽の中では、いわば多義性が保たれています。そのような音楽 は、演奏者に長期の“熟成”を求めます。演奏者は、自らの解釈を定めるために、作品が差し 出す特異な時間性の中に身を浸さなければなりません。とらえどころがないフォーレの音楽 は、レコーディングに際して、そのような困難を私たちに突きつけます。 その“パラドックス”について、具体的にご説明いただけますか? フォーレが表現するものを言葉に“翻訳”するのは難しいですね……。ウラディミール・ジャン ケレヴィッチいわく、フォーレの音楽は空間に映し出される飾り文字ではなく、じかに耳に訴 えかけるものです。私自身もフォーレの音楽を、そのように知覚しています。彼の絡み合う旋 律線や長大なフレーズは、複数の道を私たちに差し出します。私たちは、フォーレの音楽を 奏でている時、あるいは聞いている時、様々に存在しうる複数の道筋を知覚しているのです。 私たちは、そのうちの一つを選ぶよう促されているような感覚をおぼえますが、その実、すで にフォーレは進む方向を決めており、私たちを思いがけない道へ案内します。だからこそ、彼 の音楽には中毒性があるのです!(笑) このパラドックスが、和声と旋律を緊密に絡み合 せながら、フォーレの音楽の流れを根底で支えています。それは、私たちが主人公になる音 楽なのです!

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