LDV115-6
49 上野 通明 バッハの二人目の妻アンナ・マグダレーナの写譜に記されている“Suitte 5 discordable” との指示は、第5番でA弦を一音低いG音に調弦することを意味する。それによって、幾つ かの4音から成る和音が演奏できるようになる。全6曲中、もっとも複雑なことで知られる 第5番では、〈前奏曲〉に、この上なく演奏困難なフーガ――この曲集に現れる唯一のフー ガ――が組み込まれている。この美しい音楽では、それぞれの弦の音色が順に強調され る。厳かな〈アルマンド〉に、力強い〈クーラント〉が応える。次なる〈サラバンド〉の哀歌は、カ ンタータもしくは古い受難曲に、ひそやかに思いを馳せているのだろうか? あらゆる誇 張を排した〈ガヴォット〉がリズムと活力への関心を取り戻し、やがてこの活力が〈ジーグ〉 で炸裂することになる。 最後の組曲第6番は5弦の楽器のために書かれている。おそらくそれは、のちにバッハが数 曲のカンタータで用いることになるヴィオロンチェロ・ピッコロである。この楽器であれば、 現代の4弦のチェロには演奏困難な極めて高い音域も、遥かに弾きやすい。特定の音型と リズムを執拗に探究する〈前奏曲〉の、何と興味深いことか! 〈アルマンド〉を彩るバロッ ク様式の装飾音は、活発な〈クーラント〉の中に消えていく。〈サラバンド〉では、しばし歌心 に富んだ旋律が前面に押し出される。〈ガヴォット〉は魅力的な振付を彷彿させ、終曲〈ジ ーグ〉は狩猟らっぱの音を喚起する。
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