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64 ベートーヴェン | チェロとピアノのためのソナタ&変奏曲全集 “自分らしく奏でる” ゲイリー·ホフマンは、この短い言葉を真に体現する稀(まれ)な音楽家の一人である。彼 は、聴衆のもとにも、エリーザベト王妃音楽大学やアメリカ最高峰の大学の生徒たちのも とにも、メッセージを届けにやって来ることはない。彼が人前に立つのは、他者を喜ばせる ためではない。彼は必要に迫られて音を奏でる——音楽と人生が不可分であるがゆえに。 その姿勢は、イメージとスローガンと意見表明が氾濫する世界において、実にシンプルに 見える。 演奏会の舞台に立つあらゆる詩人たちの例に漏れず、ホフマンは、ごく早い時期に自身の 選択を受け入れた。プロの音楽家であった両親や、のちに師事した教師たち——シカゴで 教えをこうたカール·フルーと、決定的な影響を受けたヤーノシュ·シュタルケル——のおか げで、今やホフマンは、妥協とは無縁の音楽家である。1986年のロストロポーヴィチ国 際チェロ·コンクール(パリ)での優勝は、彼に国際舞台への扉を大きく開いた。とはいえ彼 は、芸術的な選択にかんして一度たりとも妥協したことはない。 ホフマンは、自分自身になるために演奏する。楽器の演奏テクニックを習得し、作品の世界 の中に一歩ずつ入り込んでいくためには、おのずと規則が立ちはだかる。だが、その目的は? もしも完璧さの追求が目的であるならば、ホフマンはすすんで外方(そっぽ)を向くだろ う……。しかし彼の演奏が、あるフレーズの美を呼び起こし、その光を他者が分かち合うこと になれば、彼の望みは果たされる。ホフマンから見れば、効率や大音量の礼賛が、美の表現 よりも優先されることなどありえない——美は、最高峰の音楽家たちの演奏や、彼が今もこ よなく愛する映画と絵画との出会いをきっかけに、彼を若い頃から育んできた。芸術を通じ て人生哲学を築く——これ以上に高貴な野望が、他に在るだろうか?

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