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53 ビアンコーニは、若かりし頃にギャビー・カサドシュとの出会いにも恵まれた。彼女のもとで、 彼は音楽教育を受け始めてから育んできた端正な演奏スタイルと明快な音楽表現に更な る磨きをかけた。いっぽうロシア出身のヴィタリー・マルグリスのもとで、ビアンコーニは独自 の濃密なサウンドを見出し、テクストの内奥を和声の深部まで汲み取り、つねに真意に仕え る表現性を手にした。そうしてビアンコーニは、一石で二鳥を墜(お)とすことになる! クリ ーヴランドのロベール・カサドシュ国際コンクールで第1位に輝き、ヴァン・クライバーン国際 コンクールで第2位に入賞した彼は、ニューヨークのカーネギー・ホールでのリサイタルを成 功させ、アメリカでの華々しい活動を始動させた……そしてまた、フランス、ヨーロッパ、世界 各地でリサイタルを行い、世界屈指の音楽家たちと共演を重ねた。さらに彼が、ギャビー&ロ ベール・カサドシュ夫妻やナディア・ブーランジェの先例にならって、フォンテーヌブロー・ア メリカ音楽院の院長を5年のあいだ務めたことは、当然の成り行きだった。 演奏会において、静寂がホールを満たしたときの空気の振動は、ビアンコーニを解放し、彼 にインスピレーションを与えてくれる貴重な存在である。彼は時折、一夜でブラームスの協 奏曲2曲を弾くといった桁外れな企画に挑む。そして彼は、海と山々に囲まれた南の楽園の 一角に戻ると、自身の若い頃のこと、オペラを観に連れて行ってくれた両親のことを思い返 す。彼が幼少期に抱いた声楽への愛情は、今後も彼のもとを離れることはないだろう。彼は 思い出す——22歳のときに出会った名バリトン歌手ヘルマン・プライのこと、プライとの共 演で録音したシューベルトの歌曲のこと、そしてまた、彼とともにウィグモア・ホールやスカラ 座やミュンヘンやニューヨークなど世界の舞台に立った8年間のことを……。ビアンコーニ が奏でるピアノは、歌い、呼吸し、肉体となり魂となる。そして彼が愛するフランスの大家ドビ ュッシーとラヴェルはもとより、ショパン、シューマン、ブラームスらが、この詩情あふれるピア ニストに全てをゆだね、彼らの宝の秘密を打ち明けることになる。 フィリップ·ビアンコーニ

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