LDV109

42 ラヴェル / ピアノ独奏曲集 ラヴェルの譜には“expressif(” 表情豊かに)という指示が頻繁に現れます。弾き手は、こ れをどのように音で表現すべきでしょうか? 確かにラヴェルは、この用語をしきりに用いていますね。《高雅で感傷的なワルツ》の第2曲 に至っては、より具体的に“avec une expression intense(” きわめて表情たっぷりに)と書 かれています。ラヴェルは明らかに、この指示によって奏者が具現すべきものをかなり重視し ています。ただし彼は、“私の音楽を解釈しないでくれ、書かれている通りに奏でればいい!” と、警句じみた言葉をしばしば述べていたそうです。しかし、彼の“expressif”が何を意図し ていようとも、ラヴェルはつねにラヴェルであり、彼の伝説的な“慎み深さ”は、あらゆる種類 の感傷を禁じています。彼の音楽は、彼本人がそうであったように、この上ない品位を保って います。 慎み深さは、丹念な書法、厳密さ、そして時に禁欲的とさえ言える姿勢と相まって、しばし ば彼の作品の中で力強い官能性と共存しています。この官能性を、どのように重視なさっ ていますか? ラヴェルは秘密主義者で、感情を表に出すことを拒みました。この慎み深さに関して、彼が 作品の中で胸の内をいっさい明かしていないと語られることがあります。しかし、彼の音楽 の“行間”からは、彼の敏感な感性が読み取れます。ラヴェルは、あの慎み深さの陰で、たいて いはプリズムを通して、素知らぬ顔をして心の内を見せています。その好例が《鏡》です。官能 性は、彼の管弦楽作品、《ダフニスとクロエ》や《シェエラザード》や《ボレロ》の中に、極めて はっきりとみとめられます。《ラ・ヴァルス》も、その例に漏れません——この舞曲は、暗く悲劇 的でありながら、私たちを眩惑させ高揚させます。同じことが、彼のピアノ音楽にも言えると 思います。官能性は、〈オンディーヌ〉(《夜のガスパール》)の中だけでなく、《水の戯れ》のア ルペッジョの中にも見出されます。《高雅で感傷的なワルツ》の耳に快い官能性は、この上な いエレガンスによって昇華されています。

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