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51 ミシェル・ダルベルト あなたは今回の録音でベヒシュタインを弾いています。ハンス·フォン·ビューローが《ロ短 調ソナタ》を初演したさいにも、同社のグランド·ピアノの発売を宣伝すべく、この楽器が用 いられました。ベヒシュタインを選んだ理由をお話しください。 ベヒシュタインで録音することには、私なりの思い入れがありました。私はベヒシュタインの 音色をこよなく愛していますし、以前にベヒシュタインでフォーレの作品を録音したことも あります。ペルルミュテール先生によると、フォーレの自宅にはベヒシュタインがあったそう で、私自身、そのエピソードに刺激されたのです。ドビュッシーもベヒシュタインを絶賛して いましたね。私が気に入っているのは、音の緩やかな減衰、低音域の透明感、そして優美で ありながら良く響くサウンドです。 したがって私は、今回《ロ短調ソナタ》を“歴史的な情報にもとづいて”演奏しようとしたわ けではありません。私たちを音楽と結びつけてくれる真実は、譜面にある真実だけですか ら。ただし私は――これは私が常日頃、パリ国立音楽院の生徒たちに言っていることです が――作品が創られた時代に普及していた楽器とじかに関係のある演奏指示が楽譜に記 されている場合には、ひじょうに注意を払います。作曲家たちは自作が演奏されることを何 よりも望んでいるはずで、だからこそ彼らは、その時代に流通している楽器のために曲を書 くのだと、ニコラウス·アーノンクールは説きました。それは正しい主張だと思います。未来に 存在するかもしれない楽器を想定して、あれこれと演奏指示を書き記す作曲家など、過去 にも現在にもいないでしょうから……。じっさい、私たちが時おり楽譜上で出くわす“現実離 れした”演奏指示には、しばしば心理的な意味合いがあります。各々の演奏者が、それらを どのように演奏に取り入れるのかを判断すべきなのです。
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