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... マーラー 1901年夏 交響曲第5番〈アダージェット〉 38 マーラー ∙ シェーンベルク / ユーゲント·シュティール 朝から降りつづけていた雨がようやく上がった。彼は、小屋の軒先から滴り落ちる水を眺め ていた。腐植土のにおいが鼻をかすめた。ゆるやかに広がっていく靄(もや)の中で、たっぷ りと水を含んだ草木がきらめいている。彼は湿気と寒気が背中をつたっていくのを感じた が、とりたてて気にしなかった。五線紙の上に身をかがめ、額に片手を当てながら、インクで 指を汚している最中だったからだ。ついに“聖なる務め”に集中することができる――シーズ ン中のウィーン宮廷歌劇場での芸術監督の仕事は、彼を疲労困憊させた。毎シーズンの指 揮活動は、彼を進むべき道から遠ざけているように感じられた。彼はどうしても書かなけれ ばならなかった。腹を痛めつけるこの音楽を産み落とさなければ、死がおとずれるだろう。 医者たちは言っていた――彼らの処置がなかったら、あの出血は命を奪っていただろうと。 以来、彼は不安に取り憑かれ、作曲に没頭した。それは動揺と孤独に満ちた、神なき日曜、 光なき日曜だった。飽くなき無限の探求が、この日曜の息を詰まらせた。作曲中の音楽は重 大な岐路に立っている。作品が理解されないことは、彼にとってさほど問題ではなかった。 なぜなら彼は、みずからが新たな音楽言語を築きつつあると自覚していたからだ。“確かに 私は、しきりに壁に頭をぶつける。しかし先に屈するのはいつも壁である”――それが彼の 口癖だった。

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