LDV78.9
40 ベートーヴェン 裏を返せば、優れた旋律は素材の多彩な発展をはばむということでしょうか? 確かにそうです。ベートーヴェンの場合でも、旋律の存在感が強い作品では、あまり創意 に富んだ展開はみとめられません。その好例が、op.7とop.22(第11番)の終楽章、そして 素材がほとんど展開されない《「悲愴」ソナタ》の第2楽章〈アダージョ〉です。一方でベート ーヴェンは、《「熱情」ソナタ》や小規模なop.10-2(第6番)のソナタの幕開けの動機を、物の 見事に発展させています。みずから旋律を練り上げ、それを延々と発展させることに成功し た作曲家は、ごく僅かです。ブルックナーは、オルガン奏者であったからこそ、その稀有な 例となれたのでしょう。思うに《熱情》は、ベートーヴェンの全32曲のピアノ・ソナタの中で最 もシェイクスピア的とは言わないまでも、最もナラティヴ(物語的)で悲劇的なソナタです。あ えて挑発の気持ちを込めて述べるなら、このソナタは、いつ弾いても例外なく“演奏効果が 高い”のです。それは、この曲が感じさせるコントラストとメッセージ性が強烈だからでしょう。
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