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39 ミシェル・ダルベルト とはいえ《「月光」ソナタ》には、フレージングの概念が存在しているとは考えら れませんか?このソナタは、幕開けで息の長い旋律線が切れ目なく紡がれる、 稀な例の一つです。 確かに《月光》は、“ベートーヴェン的”と呼ぶべき書法に真っ向から反する例ですね!とは いえ、本来の彼は旋律を用いる作曲家ではなく、主題を用いる作曲家です。《月光》——ち なみにこれは、彼本人が付けた曲名ではありません——の第1楽章の楽想は、あくまでもシ ンプルなリートです。通常ベートーヴェンが用いる主題は、たいてい何ら特徴のない平凡な 音素材、たとえば断片的なフレーズやリズム動機に基づいています。ベートーヴェンは、素 材の“展開”において天才的な手腕を発揮しました。だからこそ彼の多くの作品、特に《ソナ タop.26「葬送」》では、変奏が重要な鍵を握っています。フレデリック・ショパンはop.26を殊 のほか気に入っていました。彼はこのソナタを実際に弾いていましたし、《ピアノ・ソナタ第2 番op.35「葬送」》を書き進めるに当たり、間違いなくop.26から霊感を得ています。ただしシ ョパンは、ウィーンに立ち寄った際にベートーヴェンとシューベルトの音楽にさほど興味を 示しませんでした。
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